個別記事
和太鼓 ー その2 ー
先週の和太鼓の見学で強く思ったこと。
それは、自分が日本人である、ということ。
私は、どちらかというと「和」の家に育った。
母は華道の師範で、趣味はお琴。
父は謡曲が趣味。
叔母は、能楽師。
私も、お仕舞いなど習った。
子供の時から能楽堂に連れて行かれ、
長く退屈な時間を過ごす。
そんな中で、ちょっと楽しいのが狂言。
そのときの鼓や大鼓などの鳴り物は
子供には唯一の楽しみだった。
そんな私が、西洋音楽を始め、
なんと、今、それを生業とさせていただいている。
バッハもベートーヴェンも江戸時代。
明治維新はブラームス最盛期。
チェンバロなどは、ルネッサンス時代に発達したもので、
日本は室町時代にあたる。
まだまだ日本での西洋音楽の歴史は浅い。
当然、それらの遺伝子は私たちのからだの中にはない。
我々が、なんの教育もなく気持ちよく演奏すると
演歌っぽくなってしまうのはおもしろい。
まさに「日本のこころ」になる。
生徒が、
「なんで、思い通りに弾いちゃいけないの?」
と聞いてきた時、一瞬青ざめたことがある。
私は、そんなことはあまり考えずに
レッスンを受けてきたのかもしれない。
その子の弾き方は、素人耳には上手に聴こえるだろうが、演歌なのだ。
まあ、気持ち良く弾くだけなら、それはそれでOKかもしれない。
でも、それぞれの作曲家のパターンや公式を無視しては
それらしく聴こえない。
以前、中国に演奏旅行をした時、中国人の学生が
ショパンを聴かせてくれた。
やはり中国だった。
京劇を思わせた。
そんな中国でも、上海音楽院の上級者はやはりショパンになっている。
なんだか、生徒に禁止令ばかり出しているのもつらい。
が、遺伝子がない以上、真似から入るしかない。
弾くほうは、公式をからだで覚えるしかない。
でも、それが身についてくると、
それはまた居心地の良いものになってくる。
そんなクラシックが、聴く方にも身近になり、気持ちよいな、
と、少しでも沢山の人に感じていただけたら・・・
と思いつつ、コンサートを企画する。
が、なかなか、浸透するには時間がかかるのかもしれない。
ただ、コマーシャルの音楽も、最近クラシックが多くなってきた。
イメージが、異質になる場合も多々あるが、
それはそれで、良い傾向だと思う。
とりあえず、そんな、良く知っている曲を
生で聴いていただくことから始めようかな、
と思い始めた。
少しずつ、少しずつ・・・
それでも、和太鼓が近くで鳴ったら、
みんな、そっちに行っちゃう?
・・・真っ先に私が行きそうでこわい・・・かも・・・
で、和太鼓をやるかどうか、って?
・・・うん、やっぱり、ピアノを頑張ることにする。
2007-05-26 23:34 | コメント(0) | トラックバック(0)
このエントリーのトラックバックURL
http://www.kusuyamahall.com/blog/mt-tb.cgi/19
"和太鼓 ー その2 ー"へのトラックバックはまだありません。
コメント
"和太鼓 ー その2 ー"へのコメントはまだありません。コメントして下さい。