月別アーカイブ 2007年06月
戦い・・・?
あ〜、また生えてきたぁ〜~(><。).~
手入れをしてもらって約1ヶ月。
芝生が見えなくなってきた。。。
芽が出て、少しずつ、見えないように、確実に成長する雑草、
雨が降ったあとは伸びる伸びる。
竹も庭の真ん中から顔を出し、朝と夕方では確実に丈が違う。
おもしろうような、感心するような・・・
でも、そうなると戦いが待っている。
取っても取ってもはびこる。
そして、また負けるんだよな〜、私。
せめて、少しずつ、見えないように、確実に成長する雑草を
見習いたいな。
そうそう、窓側の禿げていたシクラメンの根っ子からも
大きな葉っぱが一枚、子供のような葉っぱが一枚、
親子のように並んで育ち始めた。
へんな格好しているけれど、また花を咲かせてくれるのが楽しみ!
2007-06-27 10:20 | コメント(0) | トラックバック(0)
バッハとオリジナル楽器
今日は大人の方のレッスンだった。
うちにいらして3年ぐらい経つのかしら?
とても熱心で、前向きな方である。
バッハのレッスンをしたのだが、なかなか3声を弾き分けるのは難しい。
メロディ以外の音も良く聴かないと響かない。
意識していない音は、ひがんで、いいかげんな音になる。
バランスも難しい。
で、今回初めて、チェンバロでその曲を弾いて頂いた。
最初戸惑っていたが、調子が出てきた。
チェンバロは強弱が出ないのだが、全部の音が独立して聴こえる。
もちろん、それなりの奏法はあるのだが・・・
そのあと、もう一度ピアノに戻ったら、美しい和声が蘇ってきた。
もう、さっきまでの彼女はいなかった。
オルジナルの楽器で弾いてみることの大切さを改めて感じた。
私も、どちらかというとバッハは学生時代から苦手だった。
どう弾いても、様にならない、というか、納得できない。
もちろん、ほかの曲が様になっているわけではないが・・・
とにかく居心地が悪いのだ。
そのうち、苦手なバロックの仕事が来始め、
チェンバロを弾く機会も多くなり、
結局、自分の許容範囲を超えたため、習い始めた。
そこで、やっと居心地の悪さから抜けられたのだ。
というか、これがバッハなんだ!
と、スーっと胸のつかえが取れた。
バロックをチェンバロで弾くべきだ!と言うつもりはない。
でも、オリジナルの楽器を体験し、
この楽器に何を言わせたかったか?ということを考えることは
大切ではないか、と思う。
2007-06-20 23:03 | コメント(2) | トラックバック(0)
第九の思い出
ちょっとテレビをつけたらN響アワーで第九をやっていた。
私にとって、とても思い出深い曲だ。
大学時代、大学の大合唱の伴奏をしていた。
大合唱は当時、毎年の暮れの読売交響楽団の第九に乗っていた。
伴奏は大学3年のピアノ科の女子と決まっていた。
音大は男子が少ないので、一人でも多く歌わなければならない。
ピアノ科も弦管打楽器も男子は全員駆り出される。
女子は声楽科だけで間に合う。
しかも、だいたいは合唱部のピアニストが弾くことになっているのだが、
私は合唱部とは縁もゆかりもないのに
なぜか知らない人から電話があり、頼まれた。
「今年は外人の指揮者だから勉強になるわよ。」と言われ。。。
日本人と外人の指揮者が一年おきに替わるのだ。
それから、
「大合唱のピアニストをした人は、将来出世するというジンクスがあるのよ。」とも。
すごく説得されたような気がする。
その年は、クルト・マズアさんだった。
ライプチヒ・ ゲヴァントハウスオーケストラの指揮者で、
のち、ベルリンの壁が崩壊したとき、やはり第九の指揮をした方である。
彼の指揮で弾いた時は、大興奮だった。
でも、必死であまり良く覚えていない。
が、一度、拍の頭か、その音を振っているのかわからず、変なところで音を出したら、
「おもしろい弾き方するね。」と言われたのは覚えている。
当時は、指揮の見方がわからなかったのだ。
あ〜、でも素敵だったな〜♪
それから、演奏で初めてギャラ、というものを頂いたのも第九。
大合唱の伴奏をしているということで大学の演奏部に呼び出され、
アマチュアの合唱団で、今日の練習ピアニストがいないので今晩来てほしい、
というもの。
初めて4,000円頂いた。
嬉しかった〜。
読響のマネージャーの方ともお知り合いになり、
あのバリトン歌手!ヘルマン・プライの伴奏の譜めくりもさせて頂いた。
東京公演は3回あったので、いろいろお話が出来て嬉しかった。
テレビでしか見たことのないプライ氏は、やはり美声で、紳士だったな〜。
ピアニストはミヒャエル・クリストという当時若手の方だったが
手が大きくて、鍵盤の上で指先が余り、指を折って(丸めて)弾いていた。
大きすぎても苦労するのだな、と思った。
第九を聴くと、そのころの一連の風景が蘇ってくる。
青春の一ページかな・・・
ん? 何十年前のはなしだろ・・・
で、ジンクスはあたったかって?
出世はしていないけれど。
でも・・・今もピアノを弾いていられるのはそのお陰なのかしら?
2007-06-17 22:11 | コメント(3) | トラックバック(0)
久々の貸しホール
明日は久々にホールをお貸しする。
ホールといってもやや広めの部屋。
いつもはレッスン室になっている。
グランドピアノが二台とチェンバロ、
それに、テーブル、ソファ、パソコン・・・
楽譜の山・・・書類・・・
いろいろなものが出ている。
この部屋をホールにしようと思ったら
ピアノを一台収納し、必要ならチェンバロもこの部屋から出し、
(幸い、明日は、出さなくてもよいことになったけど)
何もない状態にしなければならない。
時間がある時は、ちょうどよい整理時となる。
が、取りあえず、と慌てて物を動かすと、大事なものを
いい加減なところに片づけ、あげく、行方不明になる。
いつも、出したらしまう、とキチッとしていれば
こんなにバタバタすることがないのだろうな〜、
と思いながら、私のこの習性は変わりそうもない。
せめて、年何回かの「ホール仕様」にする時を、
グッドタイミング!
と思って、大掃除しようと思う。
今は、何もなく、とってもきれいで気持ちよいヾ(^v^)k
2007-06-17 00:02 | コメント(0) | トラックバック(0)
おめでた続き♡
時が経つのはほんとうに早い!
アミの発表会の前日は、生徒のKコちゃんの結婚式だった。
かわいらしかった!
美男美女のカップルでお似合いである。
雨模様だったのに、晴れ女の彼女のパワーが薄日に導いた。
八芳園の庭の緑にウェディングドレスはとても映えた。
披露宴は彼女のお姉ちゃんとりまちゃんの連弾ににのせての来賓入場から始まる。
宴会場の真ん中にグランドピアノが置かれ、華やかである。
ピアノが全開で置かれていると、ほんとうに美しくて惚れ惚れする。
ピアノの蓋はずっと開いていたので、列席者の子供たちが時々椅子によじ登って
キーをたたく。ほほ笑ましい・・・
お祝いの連弾曲は、ドヴォルザークのスラブ舞曲。
ロマンティックだけれど、ちょっと物悲しいその曲は美しく、涙をさそう。
間際までレッスンしていたのに、私はしっかり曲のなかに入っていた。
多少の傷は気にならない。
それより、二人の優しく祝う気持ちがひとつになって感動した。
音楽って凄いな、と改めて思った。
去年から急に、うちの門下はおめでた続き。
その前まで、適齢期なのにだれも浮いた話はないのかしら?
と心配していたら・・・・
去年もホルンのKちゃん、
その翌日にKコちゃんのおねえちゃんのち〜ちゃん、
今年も今回のKコちゃん、
みどちゃん、
夏には、あやちゃんが結婚する。
先日婚約した子もいるし。。。
今、ちょうどそういう時なのかしら?
大人になったのね、なんて複雑な気分。
でも、みんな、ご主人ともども来てくれるし、
私も家族が増えたようで、また嬉しい。
うちは子供がいないけれど、小さい時から来ている生徒は
自分の子供のようで、ほんとうにかわいい。
良い思いさせてもらってありがと!
そうそう、結婚式で知ったこと。
うちの子たちは、光彦さんのファンが多くて、
「小さい時から憧れていたの〜」
と言ってくれる。
で、祝辞も私じゃなくて光彦さん。
夫にファンがいるのは妻としては嬉しいことだわっ(^_-)
2007-06-15 23:27 | コメント(0) | トラックバック(0)
アミ音楽教室の発表会
無事終了!
私が教えに行っている鎌倉のアミ音楽教室は、
音大時代のヴァイオリンの同級生がやっている
なかなかアットホームな教室。
彼女が教えるヴァイオリン、そして、
ピアノとフルートはそれぞれ2人ずつ講師がいる。
リトミックのクラスも学年別に充実している。
それと、ナーサリーという、幼児教室。
そこのナーサリーから音楽教室に入るアミっ子も
少なくない。
夏は合宿があり、アンサンブルや乗馬をし、
春と冬はセミナーなどがあり、音楽のお勉強やハイキング
なども楽しむ。
6月にはソロの発表会があり、12月頃にアンサンブルの
発表会がある。
昨日は、一番大きな行事のソロの発表会。
うちなどとは規模が違う。
11時半から夜7時頃までかかる。
リハーサルも、ホールで別日を2日取って念入りにする。
小さい子も多いので、不可欠なのだと思う。
私が、ここに教えに行くようになったのは3年前から。
それまでは、ずっと、発表会の伴奏ピアニストとして
関わっていたので、引き続き伴奏も弾くことになる。
生徒の数も多いので、当然、伴奏も多い。
今年は、楽譜を重ねると5cmにもなった。
練習してもしても終わらない。
手ごわい小品やコンチェルトなどの大曲もある。
講師演奏もあるので、講師の伴奏に、自分のソロも弾く。
何曲あるのか数えると恐ろしくなるので数えないようにしていたが、
終わって、今日数えたら26曲もあった。
でも、みんなひとりひとり、本当に良く弾いたと思う。
楽器はなんでも大変だけれど、弦楽器は最後まで音程と戦う。
ピアノは音を外したら、いさぎよく、半音とか全音とか
まるで違う音を弾いてしまうが、
ヴァイオリンなどは、音程が悪いと、その音でもとなりの音でもない
中途半端な音がでる。
なかなか気持ちが悪い。
指の角度が違うだけで半音ぐらい違ってしまうのだから、
本当に大変な作業だと、感心するとともに尊敬する。
長丁場で集中力との戦いの発表会だったが、
生徒、講師共々、それぞれの想いがたくさん詰まった、
とても充実した発表会だった。
さ、これが終わったら、また、楽譜の束が待っている。。。
2007-06-11 14:53 | コメント(2) | トラックバック(0)
小山実稚恵
リサイタルに行った。
おもしろく、おそろしく大胆な企画の第3回目である。
彼女は12年計画、年二回公演で全24回の
リサイタルをプログラミングした。
毎回のテーマを決め、それにあった色をイメージし、
その色のドレス、舞台の花、プログラムで
コンサートを行うというもの。
一般的に、その時のテーマは決めることがあっても、
12年先の曲目まで全て決めてリサイタル、なんて
信じがたいこと。
決めて公表したらやらなければならない。
それも狙いかもしれないが、実行することは狂気に近いかも。。。
今回は萌黄色。
「うつりゆく情景」
ハイドン アンダンテと変奏曲
ウェーベルン ピアノのための変奏曲
シューマン 子供の情景
ムソルグスキー 展覧会の絵
ハイドンのこの曲は昔、ラローチャの演奏で
感激した覚えがある。
弾きたいとおもいつつ、まだ楽譜も手に入れていない。
いつか、とは思っているが、
思っているだけでは「いつか」は来ない。
今回の彼女は前2回と違っていた。
もちろん、前も素晴らしいのだけれど、
音のダイナミックレンジ、音色の幅がすごい。
それは「子供の情景」でも感じられたが、
やはり、「展覧会の絵」で最大に発揮された。
私は、高校生の頃、「展覧会の絵」が大好きで、
毎日はまって弾いていたことがある。
が、ある時、ラヴェルの編曲のオーケストラ版を聴いて
大ショックを受けた。
楽器の多彩な絡み合い、tuttiの重厚さ、
到底ピアノはかなわない。
負けた!!!と思った。
以来、ピアノで聴くのを避けるようになった。
が、今回は通しチケットを買ってあるので
イヤだとは言えない。
・・・・・・
ところが、感激してしまったのである。
別の意味でショックだった。
舞台に現れた時、ちょっとふくよかになったかな?
と思った。
展覧会を聴きながら、きっとこのためだったのかな?
と勝手に理解した。
確かに、あまり痩せてしまうと、音も細くなる。
鍵盤に体重を乗せようと思っても押し返される。
女性は骨格が華奢なため、肉付きの良いほうが
やはり音は良い。
とにかく、彼女の曲に対する思いがほとばしり出たような演奏だった。
ピアノに体当たりしているのに、割れた音はひとつもない。
気持ちよい。
繊細さとダイナミックさがうまく同居し、展覧会のそれぞれの絵を
映し出していく。
もう一度聴きたい。
彼女がプログラムノートに書いていたこと__
「音楽に浸っている時は、没我してしまうような感動に頻繁に見舞われる。
感心するものは世の中にたくさんあるけれど、感動するものこそが真に凄いことなのだ。
言葉にならないのに、形に残らないのに、なぜか心に残ってしまうものが、
本当に凄いものなのだと思う。
そういうものをいつも追い続けていきたい。」
2007-06-03 23:24 | コメント(0) | トラックバック(0)