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カヤレイ先生のヴァイオリン公開レッスン


5月1日、
カヤレイ・ヴァイオリンアカデミー(スイス)の創立者
ハビブ・カヤレイ先生のマスタークラスの伴奏に行ってきました。

私が伴奏させていただいたのは2回目。
間、リサイタルや、体調壊したり、大きなコンサートなどでできず、
やっと念願の再会でした。

彼のヴァイオリンはpowerful、かつ繊細。
彼のレッスンを受けた人は、子供も大学院生も問わず、
音色も音楽も変わります。

まるで魔法にかかったかのように・・・

人間は子供から学生になり、大人になっていく段階があるけれど、
楽器を持った時には、子供であろうと大人であろうと、
一人の音楽家です。
とおっしゃっていました。

楽器を弾く時、100%のパワーがあったとして・・・
ヴァイオリンという楽器は重くないので、
楽器を持つのに2%
弓を持つのに2%
技術に2〜30%
あとの60%以上は心、気持ちのパワーなのだそうです。

どんな音をイメージして、どんな音でで弾きたいのか、
それをどう表現したいのか?
作曲者のメッセージを聴き手にどう伝えたいのか。
それが最も重要なこと。

そして、弦の上に弓を乗せて腕の重さだけで音色を作る。
肩も背中もなにもしていない状態。
身体で何かをしようとするのでなく、
弦と弓が擦れた時の集中が音を生む、というか、
そのパワーの集約されたものが「音」である、というか・・・

「祈り」とか「念」とか、精神論的な気持ちにさえなってきました。

ひとつの音の次に、また次の音があり、
当たり前のことなのに、それを繋げるときの難しさ。
当たり前で自然に聴こえるためにしなければならない微妙なことの数々。
あるいは何もしないことの難しさ。
これは「職人」でなければできないこと。

そこにいくためには、絶え間ない練習しかない、ということ。
音階、アルペジョはかかさず「よい音」で練習すること。
これから良い音楽家を目指すのであれば、
部屋にこもって練習する時間を沢山作ること。

結局はそこしかないのですよね。
いくら気持ちがあっても技術がなければ弾けないのですもの。

ひとつの曲に、いや、ひとつのフレーズにものすごい時間と精神を使うので、
なかなか曲が先に進みません。

私はHくんのラロのスペイン交響曲と
Mくんのヴィニアフスキーのコンチェルトの伴奏を弾く予定
だったのですが、
Hくんはバッハも見ていただいたので、ラロまで行かず、
Mくんも一楽章の途中までしか弾かず・・・
ほんのちょっと弾いただけでしたが、
本当によい勉強をしてきました。

厳しいけれど、カヤレイ先生には愛が溢れていて、
生徒の良いところを引き出して、
うまく行った時には心から喝采をする、本当に心温かい先生です。

私のやっているピアノは音を繋げることの難しい楽器です。
それをいかにつながったかのように聴かせることは本当に難しい。
でも、その音を伸ばそうとか繋げようとか念じて弾くと繋がるのです。

不思議です。

人の心はちゃんと音に表れるのですね。
ひとつひとつの音に魂を入れて丁寧に弾いていかなければ、
と改めて思いました。

この貴重ななレッスンは、ピアノの生徒たちにも聴いてほしかったな、
とも思いました。
この次は、生徒も連れていこう!!

2010-05-02 18:10 | コメント(0) | トラックバック(0)

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